紹介(8)『歴史・レトリック・立証』 著:カルロ・ギンズブルグ o

 

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 分離された特定の個人の思考(の結果)を、本人あるいは後の者が、何らかの比較対象と差異を造ろうとする/造って行くことで、分派・主義・イデオロギーは「自然」に発生する。実存主義は、自然を「自然」とする/して行く、本質を「本質」とする/して行くことで「自然」に発生する。

 

 構造主義的な「記号」「言語」のモジュール化は「自然」に発生する。特定の観測者だった観測者が、多数の不特定な計測者たちになる/なって行くことで、計器への物神崇拝は「自然」に発生する。実証主義・データの偏重、観測者の目的・作為の無視は「自然」に発生する。
(注 moduleモジュール・法sign記号・表徴symbol象徴observer観測者)


 相対な相対主義、相対な絶対主義、絶対な相対主義、うんぬん。記号という記号、記号学という記号、主義という記号、記号という主義、などなど。「意味されているもの」と「意味しているもの」しか存在しないという還元を受け入れるならば、というよりもむしろ、真理の相対性を「分析の道具」とのたまい、言語で表現する哲学者たちについては、自分の飯の種になるかどうかということにしか、興味を抱けないという言外の意味も込めて、 ? という表現で済ませるべきである。
(注 signified意味されているものsignifier意味しているもの)

 

 「可知と不可知」、すなわち、可能と否定は「可知」らしいが、世界が存在するか不可知で、自分が存在するか不可知である、としつつ教授職に留まりたがる懐疑論者・観念論者は少ない。フリードリヒ・ニーチェは結果的には職を辞した。概して、「記号」「言語」のモジュール化を好む科学者は「仏教」を好み、「仏教」は科学者の任意であり、仏教の教えの体系はモジュール化できると考えたがる傾向にある。自然数の系列に留まる、むしろそれ以上の思考を拒む仏教ならば、「自然」に多元宇宙の解釈が発生する。
(注 opened set開集合closed set閉集合closed-open set開かつ閉集合
retentiveness覚)

 

 「有るか無いか、不可知である」は、「有るか無いかは任意である」とは、異なるとすることは可能である。懐疑論者・観念論者は「不可知」という表現に、「任意性」が含まれるかは自分の任意だと考えたいらしい。概して、「記号」「言語」のモジュール化を好む科学者は、研究中の自分は無く(そのため客観的である)、休憩中の自分は有る(そのため給与はもらう)と考えたがる傾向にある。
(注 perspective先見的objective客観的
liberal arbitrum自由意思arbitrary任意性free will自由意思)

 

 

(12)一つのことしか考えないスカラムッシュ。 —— 何もかも言ったあとで、まだ十五分間もしゃべるほど、言いたくて仕方がない博士。
(43)ある著者たちは、自分の著作について話す時、「私の本、私の注解、私の物語、等々」と言う。そう言う彼らは、一戸を構え、いつも「拙宅では」を口にする町人臭がぷんぷんしている。彼らはむしろ、「われわれの本、われわれの注解、われわれの物語」というほうがよかろう。というのは、普通の場合、そこには彼ら自身のものよりも他人のもののほうが、よけいにはいっているからである。

(148)われわれは、全地から、そして我々がいなくってから後に来るであろう人たちからさえ知られたいと思うほど思い上がった者であり、またわれわれをとりまく五、六人からの尊敬で喜ばせられ、満足させられるほどむなしいものである。
(260)彼らは多数の中に隠れ、自分らの助けとして数を求める。 喧噪。 権威。 あることを人から聞いたということが、君の信じる基準になってよいどころか、それをいまだかつて聞いたことがないような状態に自分を置いたうえでなければ、何も信じてはいけない。

 
『中公パックス世界の名著 29』 「パンセ」 ブレーズ・パスカル 前田陽一・由木康訳 中央公論社 1978年

 

 

 

『フランスの農村史の基本性格』はブロックが「もっとも深くてもっとも確実な歴史」ということで考えていたものの一つの模範例である。歴史を後ろ向きに書こうという着想がブロックにおとずれたのは、映画に対するかれの周知の情熱からではなかったのだろうか。記録資料の面での空隙をナラティブの一部として受容しようという着想はフローベールから吹き込まれたものではなかっただろうか。これらはたぶん答えのないままとどまるほかない問いであろう。しかし、ナラティヴ上の工夫の存在事実そのものが―直接的にであれ間接的であれ沈黙の拒否権を取り除くことによって―調査研究への道を生み出すのである。


『歴史・レトリック・立証』 カルロ・ギンズブルグ 上村忠男訳 みすず書房 2001年 43頁

 

 

          

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