紹介(26) 『クルミ割り人形とネズミの王様』 E・T・A・ホフマン 

 中世において、なにごとにつけてもすぐ決疑法をもちだすという傾向がみられたが、これまた、けっきょくは、あらゆる事例を独自に存立するものとして個別化し、それぞれを理念として眺めたいという希求のあらわれであった。やはり、極端な観念論に発しているのである。どんな問いが提出されようと、それには、おのずから理想的な回答がふくまれているはずだ。問題にされているケースと永遠の真理とのあいだの関連をさえ正しく認識するならば、その解答は、たちどころに与えられる。そして、その関連は、事実に形式的規則を適用することによって導きだされる、というのである。
 ただに道徳と法に関してのみ、この方法で問いが出され答えが得られるというにはとどまらなかった。決疑法的考察は、そのほか、ありとあらゆる生の分野に適用されたのである。様式と作法が主要関心事であるところ、文化の遊び要素が前面に押し出されているところには、つねに決疑法が君臨する。だから、まず第一に、儀式と礼式に関するあらゆる事例についてそういえるのである。
……
 ついには、戦争時の諸慣行にも、決疑法が適用されることになる。騎士道理念が、戦争についての考え方に強い影響を及ぼし、戦争に遊びの要素を与えたのである。分捕りの権利、攻撃の権利、捕虜宣誓への信頼といった諸事例が、馬上槍試合(tournament)や狩の遊びの場合とひとしなみに、いわば遊びの規則にのっとって処理されることになったのである。暴力の世界に法と規則をもたらしたいとの願いは、いわば国際法的本能ともいうべき心の動きに出るものではなかった、実に騎士道の名誉とスタイルという観念に発していたのであった。ことこまかに気を配る決疑法厳格な形式的規則の適用をまって、初めて戦争慣行と騎士道の身分的名誉感との調和が可能になったというのである。
……
 この時代、戦争時の慣行に関する最重要事のひとつに、捕虜の取り扱いがあった。捕虜については、実にいろいろな問題があったのだ。たとえば、高い身分の捕虜からとりあげる身代金は、貴族にとっても傭兵にとっても、戦闘の約束する魅力ある報酬のひとつであった。そして、この問題をめぐって決疑法は、大いに活動する場所をみいだし、ここにおいてもまた、国際法上の理念と、騎士道の「名誉の問題」とが混在していたのである。
……
 ところで、この種の、いわば形見わけの歌のもつ意味を正しく理解するには、事実、中世の人びとには、その所有物のいっさいを、どんなにつまらぬものにいたるまでも、ひとつひとつ、たんねんに、遺言書によって遺贈する習慣があったことを考えてみなければならないのである。ある貧しい女は、かの女の属する教区に日曜の晴着と帽子とを、名づけ子にベッドを、自分をみとってくれた女に毛皮のコートを、ある貧しい女に普段着を、フランチェスコ修道会には、手もとに残った最後の金、トゥール貨四リーヴル、さらに一枚の着物と一つの帽子とを、それぞれ遺贈したという。
 いったいこのような形見わけの慣習のうちには、徳の実践のあらゆるケースについて、そのひとつひとつがそれぞれ永遠の手本であるかのように考え、どんな慣行も、すべてこれ、神の意志の表現であるとするような、これまでにみてきた思考傾向の日常卑近のあらわれが認められはしないだろうか。蒐集狂、守銭奴をつきうごかしている心の病、個々の事物の特殊性とその値打ちに執着する心の衝動が。
 以上に見た諸特性は、すべてこれ、formalism形式主義の名のもとに統括されうる。事物は超越的reality実在性をもつという本然の確信のはたらくところ、あらゆるイメージは、それぞれ、不動の境界線にとりかこまれ、くっきりと輪郭づけられて、一つの具象の形式を与えられて、個別化されるのである。そして、この形式すべてを律することになるのだ。
『世界の名著67 ホイジンガ』 「中世の秋」 堀米庸三訳 中央公論社 1979年 426頁

 

ガラテヤ人への手紙
(3:15)兄弟たちよ、世のならわしを例にとって言おう。人間の遺言でさえ、いったん作成されたら、これを無効にしたり、これに付け加えたりすることは、だれにもできない。
(3:16)さて、約束は、アブラハムと彼の子孫とに対してなされたのである。それは、多数をさして「子孫たちとに」と言わずに、ひとりをさして「あなたの子孫とに」と言っている。これは、キリストのことである。
(3:17)わたしの言う意味はこうである。神によってあらかじめ立てられた契約が、四三〇年の後にできた律法によって破棄されて、その約束がむなしくなるようなことはない。
(3:18)もし相続が、律法に基づいてなされるとすれば、もはや約束の基づいたものではない。
(3:19)ところが事実、神は約束によって、相続の恵みをアブラハムに賜わったのである。
……
(4:1)わたしの言う意味は、こうである。相続人が子供である間は、全財産の持ち主でありながら、僕となんの差別もなく
(4:2)父親の定めた時期までは、管理人や後見人の監督の下に置かれているのである。
(4:3)それと同じく、わたしたちも子供であった時には、いわゆるこの世のもろもろの霊力の下に、縛られていた者であった。
(4:4)しかし、時の満ちるに及んで、神は御子を女から生まれさせ、律法の下に生れさせて、おつかわしになった。
(4:5)それは、律法の下にあるものをあがない出すため、わたしたちに子たる身分を授けるためであった。

 

 クルミ割り人形が小さな手を叩くと、ただちに小さな羊飼いの男女や猟師の男女がやって来ました。みな純粋の砂糖で出来ていると思われるほどきゃしゃで、マリーはこの人たちが森の中にさまよっていたことはそれまで気がつかなかったのでした。かれらはかわいらしい全部金で出来た椅子をもって来て、マリーが坐るか坐らないうちに、彼らはたいそう優美なバレーを踊り始め、それに合わせて猟師たちがたいへん優雅な曲を吹き、それからそろって茂みの中に姿を消していきました。「お許しください、お嬢さん」とクルミ割り人形は言いました。「あのダンスがたいへん、みすぼらしかったことをどうかお許しください。しかし連中はみんな針金で操られているわけでして、いつまでも同じことしか出来ないんですよ。また、猟師たちが眠そうにだらしなく吹いていたのもわけがあることでして、砂糖籠が彼らの鼻の上のクリスマス・ツリーにかかってはいるものの、ちょっと高すぎるところにかかっているからなのです!——だがもう少し先へ行きましょう!」『ドイツ・ロマン派全集 第三巻』 「クルミ割り人形とネズミの王様」 E・T・A・ホフマン 前川道助訳 株式会社国書刊行会 1983年 303頁

 

天使をギリシアのキューピッドとして描くことは、関心が世俗に向いていることを表している。天使の株価の変動への利用を目論まれている。プロテスタント的な公租賦課への信頼、蓄財の正当性、蓄財手続きの正規性とも言いうる。大雑把に言うなら、世界は微に入り細を穿ち、美である。トンボは長く短く視界に留まる昆虫である(バタークリームの種類?)。「わたし」のみでは、どこから何を見ているのか、決して判じられない(’What is all about?’?)。

 

牛とは、分けるに十分な大きさの獣である(「件」、『ドナドナ』?)。猿とは動物の中でもっとも愚かな動物である。牛は従順で労役の用に向き、食べて美味しい。見た目に希望があるだけに猿はなお悪い。猿は手を使うが共調せず、芸しか仕込めず、歩留まりが悪く、とどのつまり、生産的ではない。

 

(羅)hereditas相続(財産)と(羅)successio継承は、分離された。successio継承(ないし代襲)では、無定形のもの、名声、先祖の業績に関わった。軍事と関わり、領域には特異な扱いが要請された。当たり前だが、全財産を伴わなくても、代襲の効果は無ではない。’bona’に生きるならなおさらである。

 

古代ギリシアでは相続と継承は不可分に密着していただろう。空地への無頼な君主と法外な徒党、君主と君主のWar of succession継承戦争である。英語では、相続はinheritanseである。違いは精神と肉体、魂(的なもの)、名、顔(「面」「首」)と胴体の切断を混同しつつ、評価する事から発生する。

 

関連

『物質文明・経済・資本主義』フェルナン・ブローデル みすず書房 1985~1999年

『正当化の理論―偉大さのエコノミー』リュック・ボルタンスキー ローラン・テヴノー 新曜社 2007年

f:id:cunsong9403:20190106163750j:plain