紹介(2)『鯰絵―民俗的想像力の世界』 著:コルネリウス・アウエハント e

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 鯰が人間の姿をとることで、鯰は人々(そして神々)の中に混じって普通の人になる。つまり、子供、女、男の姿をとり、あらゆる種類の職業に従事する人、等々さまざまな人間の格好をとって表される。・・・・・・・

 (・・・・・・・中略)

 2586の版画では、こうした社会階層の差、つまり持てる者と持たざる者との戦いが図案化して説かれている。持てる者、すなわち、武士、新興町人、問屋、高利貸し、株仲間の有力者、さらに遊郭の遊女たちまでも鹿島大明神に率いられており、持たざる者、すなわち、奉公人、小商人、職人のように強力な株仲間における地位や名声を持たないものは、彼らの鯰に率られ支援されている。

『鯰絵―民俗的想像力の世界』 コルネリウス・アウエハント 小松和彦中沢新一飯島吉晴・古家信平訳 せりか書房 1986年 3237

 

 

 

 飼い馬と自分の膝に話しかける農民はどこにでもいたから、チンパンジーとイルカを偏愛する自由主義者は責められない。彼らと動物はモノであり、動物にとっても友人にとっても彼らはモノだろうが、数としては扱ってくれないというのが不満らしい。自然の摂理を維持する為政者と、為政者への天の咎めが、天皇から将軍へ、カリフからスルタンへと移るのは無理のないことである。市場の中で疎遠な富豪と遊女が、為政者と一体に扱われるのは、我々にも理解できる。掛詞と駄洒落を好んだ彼らが、毎度、声に出して読んだかは不明である。「組み合わせ」は理解されず、無意識に存在する。善き中国人と同様に、定型化は好ましいことと受け取られていたのだろか。 

 

 

 トルコのスルタン、天帝、堯と舜から続く漢民族の「皇帝」も、東洋の宗教の歴史は変わらない。往って還り行き過ぎたところには罰が置かれる。人間だけは負えない記憶を偶像に託して進む。預けられたある特定な記憶はその符号となり、符号となったその記憶が偶像を増やす。

 

 

 

137)・・・・・・人生の齢の変遷、旅、すなわち別の場所に意味を有する世界への還ることなき移動とと見なされた人生、これらのなかに誰もが個人として、ある種の不可逆的な時間性を認識する。巡礼者とは、円環的な時間の外に出て、誰もが徴候的にはそうであるそうした旅人になってしまった人間のことである。

 

スペクタクルの社会 ギー・ドゥボール 木下誠訳 ちくま学芸文

 2003

 

 

 

 血縁を元にした階層的な社会、地理と分業から、ある一つの特定な偶像に、多様な意味が込められる。災害と、外側に立っているわたしたちが述べる内乱、流行り病と人口の増加から、或る一つの特定な偶像は、複数の観念を取り込んだ結合点となる。カール・グスタフユングは、その著作で「集合的無意識」を述べている。西方の聖人、道教の仙人たち、道教の影響を受けた禅宗の僧侶を、あらゆる文明が自然と有する、「完成しようとする個人」とすることは不正だろう。禅宗の武道であれ衆道であれ、道は、枝分かれして通じているから「道」である。

 

 

 コルネリウス・アウエハントの著作、『鯰絵―民俗的想像力の世界』では、「構造主義」を分析の方法として用いている。また、聖と俗という単純な対立の図式を批判する。「俗」を「構造主義」から述べるのを疎んじて、著者の用いる方法を晒しているのだろうか。

 

 

 

 他方、留守神は、贅沢を嫌い、粗末な供物で満足したり、時にはケチであるとさえ言われている場合もある。郷田にならって言えば、この現象には人間と神の双方に対する「物忌」、つまり聖なる謹慎、命令と禁止、「禁忌」といった要素が含まれていることになる。したがって、新しい年の新しい収穫への期待が、持たざる者のよりよい未来への希求を代弁して、社会的不正や富める者の贅沢や不行跡を懲らしめる鯰のふるまいに極端な形で表現されている「新しい世」への—おそれおののきながらの—期待と結びつき、それが支配的な要素となっている可能性もおおいにありうることである。

 結論を言えば、留守神としての両義的なエビス、大黒、蛇神と魚、水神と山の神、雷神と荒神というこの文脈を背景にして考えるとき、地震鯰という形象は、十九世紀江戸の民族文化の中で神性を帯びていたばかりか、そのうえ留守神のもつ、予想できかつ納得のゆく両義的な役割さえ果たすようになったいたと言えるであろう。つまり、地震鯰は怪物にして神であり、破壊者であるにもかかわらず守護者というわけである。

 

『鯰絵―民俗的想像力の世界』 コルネリウス・アウエハント 小松和彦中沢新一飯島吉晴・古家信平訳 せりか書房 1986年 164

 

 

 

 0を含まない自然数にわたしは違和感を覚える。翻訳に仏教の用語を転用したのは、翻訳者たちの漢文の知識からなのだろう。「自然」という語の問題は、古く道教から述べねばならならない。法律を都合よくプロイセン、フランスから千切ったとはいえ、明治初期の文人がアルファベットを並べたのは正しいことだった。浮世絵の、遠近法を崩した浮絵の技法から、迷彩模様とキュビズムを引き出すのは後ろめたく西を望む愛国者らしい。親鸞の弟子たちは、念仏は行ではないと述べている。どうしてもわたしは、判官びいきと勧善懲悪の結びつきを拒みたがる。彼らが金離れの悪さを笑ったのは確かなようだ。

 

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