紹介(8) 『ワット』 著:サミュエル・ベケット i1

ルカによる福音書
(6:39)イエスはまた一つの譬を語られた、「盲人は盲人の手引きができようか。ふたりとも穴に落ち込まないだろうか。


マタイによる福音書
(6:34)だからあすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労はその日一日だけで十分である。


レビ記
(19:9)あなたがたの知の実のりを刈り入れるときは、畑のすみずみまで刈りつくしてはならない。またあなたの刈り入れの落穂を拾ってはならない。

 

 (61)順序。 私はこの論述を次のような順序で始めることも、あるいはできたであろう。あらゆる境遇のむなしさをを示すために、普通の生活のむなしさ、ついで懐疑論およびストア派の哲学的生活のむなしさを示すのである。しかし、この順序は守られないであろう。わたしは順序というものがどういうものであるか、そしてそれを理解している人がいかに少ないかということを、いささか心得ている。人間的な学問は一つとしてそれを守ることができない。聖トマスはそれを守らなかった。数学はそれを守るが、その深みにおいて無益である。
(499) 外的行為。 神と人とに喜ばれるほど、危険なことはない。なぜなら、神と人とに喜ばれる状態は、神に喜ばれることと人に喜ばれることとの、別々のものから成っているからだ。聖テレサの偉大さなどは、それである。神に喜ばれたのは彼女が啓示を受けたときの深い謙虚であり、人に喜ばれたのは、彼女の知恵である。そこで、人は彼女の状態にならうつもりで、彼女のことばをまねるのに懸命であるが、それほど神に愛されるものを愛し、神に愛される状態に身を置こうとしない。『中公パックス世界の名著 29』 「パンセ」 ブレーズ・パスカル 前田陽一・由木康訳 中央公論社 1978年

 

終えるべきに、終えられない。万事は其の侭に進行する。人は読めない本を読む。「なろうとさえ思えば司祭になれること、ヤラベアム治下のようである。」オールコックの著作『大君の都』には、猿回し、独楽を用いた曲芸を披露する香具師の姿が記録されている。ベルトルト・ブレヒト(1898~1956)は、その演劇論の中で「Distancing effect異化効果」を述べている。アケメネス朝ペルシャの初代国王キュロス2世(B.C.600~B.C.529)は、彼の広大な王国の各州にサトラップを設置する。日本茶業中央会は、抹茶の定義を「覆い下で栽培された生葉を揉まないで乾燥した碾茶を茶臼で挽いて微粉状に製造したもの 」とする。ラドヤード・キップリングの短編『橋を造る者たち』には、ガンジス河に橋を架けようとし、完成間近に洪水に見舞われ、アヘンを摂取する主人公が描かれている。linkageリンケージは、リンクもしくは節と呼ばれる変形しない物体が、ジョイントもしくは関節と呼ばれる可動部分により接続され、一つ以上の閉路を構成するものである。銀板写真1839年、Louis Jacques Mandé Daguerreルイ・ジャック・マンデ・ダゲールが発明・発表した。江戸時代の日本において、男女の双子は、心中した男性と女性の生まれ代わりであるとして忌まれたという。鼎は、中国古代の祭祀において、生贄の肉を煮るための三本足の器物であり、次第に王者の権威の象徴とされた。京都市左京区臨済宗南禅寺水路閣1888年明治21年)に造られた。同地境内には日本初の公立精神病院が設置された。アレクサンドリアのヘロンの風力オルガン(organ)は世界初の風力機械とされる。シェイクスピアの戯曲『夏の夜の夢』では、ロバの頭をかぶせられた職工Nick・Bottomニック・ボトムに、妖精の女王ティターニアは魔法によって恋に落ちる。1906年アメリカ海軍中尉Charles A. Zimmermannチャールズ・ツィマーマンは、行進曲“Anchors Aweigh” 『錨をあげて』を作曲した。筮竹とは、(中国の)易占において用いられる50本の竹ひごのような物である。古代には、マメ科ハギ属のメドハギを用いたと言われている。将棋の桂馬、チェスのナイトは、移動するときに他の駒を跳び越すことが許される。ペルガのアポロ二ウス(B.C.262~B.C.190)が、その著作において提起した問題は、「アポロ二ウス接触」として知られる。

 

 つぎには、ゆっくりと、壁から横顔を見せて野原に立っている馬ジョスの大きな色つき写真が現れた。ワットは、まず野原を、つぎに馬を、つぎに、偉大な ? の署名のおかげで雄馬ジョスを認めた。四つの蹄をしっかりと地面に踏ん張り、頭をがっくり下に垂れたこの馬は、草を見つめているくせに食欲は全然ないといったふうに見えた。ワットは首を前に伸ばして、それが本当に馬であって、雌馬や去勢馬ではないかどうかを確かめようとした。しかしこの興味のある情報は、血筋がいいというよりは行儀がいいという感じの尻、または尻尾で、隠されていてきわどいところで見えなかった。『ワット』 サミュエル・ベケット 高橋康成訳 白水社 2001年 280頁 

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