紹介(10) 『文明化の過程』 著:ノルベルト・エリアス a

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 ノルベルト・エリアスは1897年ブレスラウ(現ポーランド)生れのイギリス国籍のユダヤ系ドイツ人である。ブレスラウ大学では心理学、哲学、医学を専攻とし、一時期はハイデルベルク大学にも在籍した。1924年にブレスラウ大学を卒業し、1930年にはフランクフルト大学で教授職を得るが、ナチス台頭後、1933年に失職しイギリスへ亡命する。その後1960年までほぼ無名のまま過ごすが、アナール学派の興隆とともにその著作が脚光を浴びる。1990年にオランダ、アムステルダムにて死去した。

 

 

 ノルベルト・エリアスが本著作の執筆を終えたのは1936年、第二次世界大戦の始まる前である。著作の目的を述べ全体を約言することは―やや長いが―ノルベルト・エリアスが序論でしているのでそれに当たったほうがよい。著作は例証を主とするため(ノルベルト・エリアスは「経験的」と表現する)わたしがさらに著作から抜き出すことは避ける。

 

 

 (ⅰ)社会と「個人」(ⅱ)社会と「集団」(ⅲ)集団と「identified特定の」個人(ⅳ)個人と「certain一定の」個人の図式が「社会学者」の理解の役に立つ。社会学者は、「be entitled資格を与えられた」個人として、社会を観察できるという。(本著作が分析の対象の一部に、「合理的思考」と呼ばれるものをとり、その形成の過程を描くことから、ノルベルト・エリアスのtranscendental超越的な視点が含まれる。)

 

 

 社会学がその起源から現代にかけて社会学者を殖やして養うため、分野の分離、手続きの転用、分野の統合、領域の拡張、要するに、「多様化」したことは疑いえない。包括的表現としての「社会科学」は、現代においては統合の傾向にある。ある学問の分離(=創造)は、科学の多様化である。以下にはノルベルト・エリアスの時代の「社会学者」としての、ノルベルト・エリアスの立場が多く含まれている。途切れ途切れになってしまったが、詳しくは原書にあたってほしい。

 

 

 合理化の歴史的過程はこれまで秩序だった学問的思考ではほとんどあるいは極めて漠然とした形でしかとらえられなかった過程のある種の典型である。それは――伝統的な学問の図式に固執すれば――まだ実在しない学問領域、すなわち歴史的心理学の領域に属している。(・・・・・・中略)
 社会学についても事情はこれとあまり変わらない。社会学はそもそも歴史的な問題を取扱う限り、歴史学者が人間の心的活動とそのさまざまな表現形式、たとえば芸術、理念その他なんであれそれらとの間に引く分割線を受け入れる。(・・・・・・中略)
 (・・・・・・中略)あまり合理的でない思考および行動様式が徐徐に合理的な思考および行動様式に移っていくとき、その移行が社会を変えるかどうかを尋ねてみても全く意味のないことは確かである。(・・・・・・中略)しかし、文明化の過程をたとえば「上部構造」ないし「イデオロギー」として、すなわち個々の社会的グループないし社会的利害の、他のグループないし利害との戦いの際の武器としての機能からのみ説明することも、同様に意味のないことである。
 ずっと以前から人間の意識のなかには、「精神」(Psyche)、すなわち人間の心の状態はいろいろな領域から成り立っていて、その領域はお互いに無関係に働き、お互いに無関係なものとしてみることができるという考えが深く根をおろしている。
『文明化の過程 下』 ノルベルト・エリアス 波田節夫・溝辺敬一・羽田洋・藤平浩之訳 2004年 408~411頁

 

 

 

 確実と言えるだろう、ノルベルト・エリアスの前提・立場を推測するなら、
(ⅰ)科学者は(市民)社会に属する個人であり、分離された個人として思考を行う
(ⅱ)分離された個人の思考から得られる結果は、ノルベルト・エリアスに有意味かつ有意義である、または、(市民)社会に有意味かつ有意義とされる
(ⅲ)社会学は科学に属する
(ⅳ)科学は(市民)社会に属する
(ⅴ)社会学者は科学者である
・・・・・・となる。

 

(194)今日、スペクタクルの思考として発展し続けている知識の全体は、正当性のない社会を正当化し、虚偽意識の一般的科学として自らを構成せざるを得ない。この思考は、スペクタクルのシステムの中にある自らの物質的基礎を思考できず、思考したいとも思ってもいないという事実に、完全に条件づけられている。
(195)外観を社会的に組織する思考はそれ自体、それが擁護する低ーコミュニケーションの一般化によって蒙昧化する。この思考は、自らの世界のあらゆるモノの起源には衝突があったのだということを知らない。スペクタクルの権力――応答なきその言語システム内部の絶対権力――の専門家たちは、軽蔑と軽蔑の成功を経験することによって、絶対的に腐敗した。


スペクタクルの社会』 ギー・ドゥボール 木下誠訳 2003年  

 

 併せて同著の(144)を参照するとよい。

 

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