「見えざるピンクのユニコーン」「42」 ・ 、   、「・」、『・』 (4)

orthodox正統な(の)cartholic公同のfilioqueフィリオクエ
element元prerequisite要素
ζ(-1)= 1+2+3+4+・・・=-1/12

 

(power力)

(time時間(space空間)(reflection鏡映(nature自然(material物質)))

 

reason理性/sense感覚/understnding悟性
intellectual知性
entity存在 (memory記憶(knowledge知識))
cognition認知
representation表象

 

presence現存/spirit精神(real existence実在)
intuition直観/consciousness意識/subject主体

communities共同体/ spirit精神
spirit精神—the identified and specific community特定の具体な共同体

The Father父/The Holy Spirit聖霊/The Son子
Substantia実体

 

表現
物質は自然に属する。存在は表象に属する。実在に付随している現存は共同体に属する。共同体は、特定の具体な共同体に属する。実在は特定の具体な共同体に属する。

 

candor自然性
(ⅰ)movement運動であること(to move運動すること、moving運動していること)
(ⅱ)excess余り(remainder残り、redunduncy重複)の無いこと

 

表現
物質 は本質としてexistence存在性を有する。存在は本質としてincidence付帯性(存在性)を有し本性として自然性を有する。自然は「具体の抽象である」と表現しても、言い換えれば、零を取り込み其の様に言語の構造を組み換えるなら問題は生じない。

 

(512)二つのものが変化せずに結合すれば、一が他になるとは言えない。 ―― そのように魂はからだに結合する。
火は薪に、変化せずに。 しかし、一方の形が他方の形になるためには、変化が必要である。 
それが神の言葉と人間の結合の場合である。
・・・・・
私の身体は私の霊魂なしには、人間の身体をなさないであろう。それゆえ、私の霊魂は、何らかの物質と結合したときに、私の身体をなすであろう。彼は、必要条件と、十分な条件とを区別していない。結合は必要な条件であるが、十分な条件ではない。
左腕は右腕ではない。
不可入性は物質の固有性である。
数的同一性は、同一の時に関して、物質の同一性を要求する。
(793)身体から精神への無限の距離は、精神から愛への無限大に無限な距離を表徴する。なぜなら、愛は超自然であるから。『中公パックス世界の名著 29』 「パンセ」 ブレーズ・パスカル 前田陽一・由木康訳 中央公論社 1978年

 

マタイによる福音書

(13:24)またほかの譬を彼らに示して言われた。「天国は、良い種を自分の畑にまいておいた人のようなものである。
(13:25)人々が眠っている間に敵が来て、麦の中に毒麦をまいて立ち去った。
(13:26)芽がはえ出て実を結ぶと、同時に毒麦もあらわれてきた
(13:27)僕たちがきて家の主人に言った、『ご主人様、畑におまきになったのは、良い種ではありませんでしたか。どうして毒麦が生えてきたのですか』
(13:28)主人は言った、『それは敵のしわざだ』。すると僕たちが言った『では行って、それを抜き集めましょうか』
(13:29)『いや、毒麦を集めようとして、麦も一緒に抜くかもしれない。
(13:30)収穫まで、両方とも育つままにしておけ。収穫の時になったら、刈る者に、まず毒麦を集めて束にして焼き、麦の方は集めて倉に入れてくれと言いつけよう』」。
(13:31)また、ほかの譬を彼らに示して言われた、「天国は一粒のからし種のようなのものである。ある人がそれをとって畑にまくと、
(13:32)それはどんな種よりも小さいが、成長すると、野菜の中で一番大きくなり、空の鳥がきて、その枝に宿るほどの木になる」。
(13:33)また他の譬を彼らに語られた。「天国は、パン種のようなものである。女がそれをとって三斗の粉の中に混ぜると、全体がふくらんでくる」。
・・・・・・
(13:47)また天国は、海におろして、あらゆる種類の魚を囲みいれる網のようなものである。
(13:48)それがいっぱいになると岸に引き上げ、そしてすわって、良いのを器に入れ、悪いのを外へ捨てるのである。

 

コリント人への第二の手紙

(1:18)神の真実にかけて言うが、あなた方に対するわたしの言葉は、「しかり」と同時に「否」というようなものではない。
(1:19)なぜなら、わたしたち、すなわち、わたしとシルワノとテモテとが、あなたがたに宣べ伝えた神の子キリスト・イエスは、「しかり」となると同時に「否」となったのではない。そうではなく、「しかり」がイエスにおいて実現されたのである。
(1:20)なぜなら、神の約束はことごとく、彼において「しかり」となったからである。だから、わたしたちは、彼によって「アァメン」と唱えて、神に栄光を帰するのである。

 

エペソ人への手紙
(1:8)神はその恵みをさらに増し加えて、あらゆる知恵と悟りとをわたしたちに賜わり、
(1:9)御旨の奥義を自らあらかじめ定められた計画に従って、わたしたちに示して下さったのである
(1:10)それは時の満ちるに及んで実現されるご計画にほかならない。それによって、神は天にあるもの地にあるものをことごとく、キリストにあって一つに帰せしめようとされたのである。
(1:11)わたしたちは御旨の欲するままにすべての事をなさるかたの目的の下に、キリストにあってあらかじめ定められ、神の民として選ばれたのである。
(1:12)それは早くからキリストに望みをおいているわたしたちが、神の栄光をほめたたえる者となるためである。
(1:13)あなたがたもまた、キリストにあって、真理の言葉、すなわち、あなたがたの救いの福音を聞き、また、彼を信じた結果、約束された聖霊の証印をおされたのである。
(1:14)この聖霊は、わたしたちが神の国をつぐことの保証であって、やがて神につける者が全くあがなわれ、神の栄光をほめたたえるに至るためである。
(1:20)神はその力をキリストのうちに働かせて、彼を死人の中からよみがえらせ、天井において、ご自分の右に座せしめ、
(1:21)彼をすべての支配、権威、権力、権勢の上におき、また、この世ばかりでなくきたるべき世においても唱えられる、あらゆる名の上におかれたのである。そして万物をキリストの足の下に従わせ、彼を万物の上にかしらとして教会に与えられた。
(1:22)この教会はキリストのからだであって、すべてのものを、すべてのもののうちに満たしている方が、満ちみちているものにほかならない。

・・・・・・
(5:30)わたしたちはキリストのからだの肢体なのである。
(5:31)「それゆえに、人は父母を離れて、その妻と結ばれ、二人の者は一体となるべきである」。
(5:32)この奥義は大きい。それはキリストと教会を指している。

 

ルカによる福音書
(7:36)あるパリサイ人がイエスに、食事を共にしたいと申し出たので、そのパリサイ人の家にはいって食卓に着かれた。
(7:37)するとそのとき、その町で罪の女であったものが、パリサイ人の家で食卓についておられることを聞いて、香油が入れてある石膏の壺を持ってきて、
(7:38)泣きながら、イエスのうしろでその足もとに寄り、まず涙でイエスの足をぬらし、自分の髪の毛でぬぐい、そして、その足に接吻して、香油を塗った。
(7:39)イエスを招いたパリサイ人がそれを見て、心の中で言った、「もしこの人が預言者であるなら、自分にさわっている女がだれだか、どんな女かわかるはずだ。それは罪の女なのだから」。
(7:40)そこでイエスは彼にむかって言われた、「シモン、あなたに言うことがある」。彼は「先生、おっしゃってください」と言った。
(7:41)イエスが言われた、「ある金貸しに金をかりた人がふたりいたが、ひとりは五百デナリ、もうひとりは五十デナリを借りていた。
(7:42)ところが、返すことができなかったので、彼はふたり共ゆるしてやった。このふたりのうちで、どちらが多く彼を愛するだろうか」。
(7:43)シモンが答えて言った、「多くゆるしてもらったほうだと思います」。イエスが言われた、「あなたの判断は正しい」。
(7:44)それから女のほうを振り向いて、シモンに言われた、「この女を見ないか。わたしがあなたの家にはいってきた時に、あなたは足を洗う水をくれなかった。ところが、この女は涙でわたしの足をぬらし、髪の毛でふいてくれた。
(7:45)あなたはわたしに接吻してくれなかったが、彼女はわたしが家にはいった時から、わたしの足に接吻をしてやまなかった
(7:46)あなたはわたしの頭に油を塗ってくれなかったが、彼女はわたしの足に香油を塗ってくれた。
(7:47)それであなたに言うが、この女は多くを愛したから、その多くの罪はゆるされているのである。少しだけゆるされた者は少しだけしか愛さない
(7:48)そして女に、「あなたの罪はゆるされた」と言われた。
(7:49)すると、同席の者たちが心の中で言いはじめた、「罪をゆるすことさえするこの人は、いったい、何者だろう」。
(7:50)しかし、イエスは女にむかって言われた、「あなたの信仰があなたを救ったのです。安心して行きなさい」。 

  

 使徒行伝
(1:15)そのころ百二十名ばかりの人々が、一団となって集まっていたが、ペテロはこれらの兄弟たちの中に立って言った、
(1:16)「兄弟たちよ、イエスを捕えたものたちの手びきになったユダについては、聖霊ダビデの口をとおして預言した言葉は、成就しなければならなかった。
(1:17)彼はわたしたちの仲間に加えられ、この務を授かっていた者であった。
(1:18)彼は不義の報酬で、ある地所を手に入れたが、そこへまっさかさまに落ちて、腹が真ん中から引き裂け、はらわたがみな流れ出てしまった。
((1:19)そしてこのことはエルサレムの全住民に知れわたり、そこでこの地所が彼らの国語でアケルダマと呼ばれるようになった。「血の地所」との意である。
(1:20)詩編に、『その屋敷は荒れ果てよ、そこにはひとりも住む者がいなくなれ』と書いてあり、また『その職はほかの者に取らせよ』とあるとおりである。)

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