「おお、みろりのばやは おねしょをすると、はじめはあたたかくて、それからつめたくなる」(8)

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ローマ人への手紙
(4:1 )それでは、肉によるわたしたちの先祖アブラハムの場合については、なんと言ったらよいか。
(4:2)もし、アブラハムがその行いのよって義とされたのであれば、彼は誇ることができよう。しかし、神のみまえでは、できない
(4:3)なぜなら、聖書はなんと言っているか、「アブラハムは神を信じた。それによって彼は義と認められた」とある。
(4:4)いったい、働く人に対する報酬は、恩恵としてではなく、当然の支払いとして認められる。
(4:5)しかし、働きはなくても、不信心な者を義とするかたを信じる人は、その信仰が義と認められるのである。
(4:6)ダビデもまた、行いがなくても神に義とみられた人の幸福について、次のように言っている、
(4:7)「不法をゆるされ、罪をおおわれた人たちはさいわいである。
(4:8)罪を主に認められない人は、さいわいである。
(4:9)さて、この幸福は割礼のものだけが受けるのか、それとも、無割礼の者にも及ぶのか。わたしたちは言う、「アブラハムには、その信仰が義と認められた」のである。
(4:10)それでは、どういう場合に、そう認められたのか。割礼を受けてからか、それとも受ける前か。割礼を受けたときではなく、無割礼の時であった。
(4:11)そしてアブラハムは割礼というしるしを受けたが、それは、無割礼のままで信仰によって受けた義の証印であって、彼が無割礼のままで信じて義とされるに至るすべての人の父となり
(4:12)かつ、割礼の者の父となるためなのである。割礼の者というのは、割礼を受けた者ばかりではなく、我らの父アブラハムが無割礼の時に持っていた信仰の足跡を踏む人々もさすのである。
(4:13)なぜなら、世界を相続させるとの約束が、アブラハムとその子孫に対してなされたのは、律法によるのではなく、信仰の義によるからである。

 

 (56)「私は不安に満ちた精神を持っている」。「私は不安に満ちている」のほうがよい。
(246)順序。神を求めるべきであるという手紙の後に、障害を除くこととという手紙をこしらえる。それは「機械」についての論であり、機械を整え、理性によって求めることについての論である。
(248)信仰は証拠とは違う。後者は人間的であるが、前者は神の賜物である。『中公パックス世界の名著 29』 「パンセ」 ブレーズ・パスカル 前田陽一・由木康訳 中央公論社 1978年

  

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converse逆inverse裏contraposition対偶
 

Meaning意味
(ⅰ)或る一つの学問(客体)の公理、(ⅱ)或る一つの学問(客体)の公理と、其に従う前提を置く或る論、から導けない観念。

significance意義
(ⅰ)或る一つの学問(客体)の公理、(ⅱ)或る一つの学問(客体)の公理と、其に従う前提を置く或る論、から導ける観念。

Concept概念
(ⅰ)或る存在が記号に与える、
(ⅱ)或る言語で表現された命題、または、観念であり
(ⅲ)(存在と特定の記号の指示する対象との関係を、
存在と或る一定の記号との関係で擬制するため)記号の本質とするもの

Definition定義 
其の論から導ける真な命題。
Theorem定理 
其の論から導かれた真な命題。
Postulate公準(Axiom公理)
論から導かれない真な命題。

 

公理と公準、prerequisite要素とelement元を表現として区別するのは有用である。
「公理は共通の真な観念である」「公準は共通の真な命題である」「公理は一般の観念である」などの表現を考えるとよい。公理と公準を或る言語で表現している場合、言語の不足から個別の公理が(排他的に)相反することがある。この場合、個別の論の公理かつ前提と表現できる。異なる配列で記号を生成し、equivalence relation同値関係とする方が拡張しやすい。

 

Law of excluded middle排中律
(ⅰ)其の論において、公理または前提となる命題を、真かつ偽とすることは許されない。
(ⅱ)其の論において、公理に反することは許されない。
・・・・・・などである。
A true and false proposition is not a proposition.
真かつ偽な命題は、命題ではない。
It does not deny constructive logic.
構成的論理を否定するものではない。
Think from time.時間から考えるとよい。

 

Contradict矛盾
(ⅰ)其の論において、前提に反することは許されない。(ⅱ)(或る言語から )或る命題の値を真かつ偽とすることは許されない。(ⅲ)(或る言語から)或る一つの学問(客体)の公理に、相反する公理を置くことは許されない。(ⅳ)(或る一つの学問(客体)の公理と)其に従う前提を置く或る論において、(同時に)相反する前提を置くことは許されない、などである。

 

 (684)矛盾。われわれのすべての相反するものを一致させないかぎり、りっぱな人間像をつくることはできない。また相反するものを一致させずに、一致している性質の系列に従うだけでも、不十分である。ある著者の意味するところを理解するには、あらゆる相反する章句を一致させなければならない。
(866)二つの相反する真理を主張すべきときがあるとしたら、それは一方を除くことが非難されるときである。そうだとしたら、ジェズイットとジャンセニストとが、それらを隠しているのは、間違っている。だが、ジャンセニストのほうがよけいにそうだ。ジェズイットは、それらの双方を多少言明してきたから。『中公パックス世界の名著 29』 「パンセ」 ブレーズ・パスカル 前田陽一・由木康訳 中央公論社 1978年

  

「わたしたちは実在である」「あなたとわたしは現存である」は公準である。
あなたとわたしは、共にあなたとわたしは受け答えが可能という前提を置き、
わたしは共通する観念を述べている。因果性から、受け答えが可能な人を一人ずつ足し結果として構成されるだろう何かが公理である。
 

(225)わたしがかたく信じているのはひとつの命題ではなく、命題の巣なのである。
(249)ひとは疑いについて誤った像を描く。
(260)「私は知っている」という表現を、わたしは日常的な会話における使用のためにとっておきたいのだ。
(263)学童は自分の先生と教科書を信じるのだ。
(383)「わたしは夢を見ているのかもしれない」という議論はつぎの理由によって無意味である。もし夢みているとすればこの言葉もまた夢中のことであり、これらの言葉に意味があるという、そのことも同様である。『ウィトゲンシュタイン全集9 確実性の問題』 ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン 黒田亘訳 大修館書店 1975年

 

 (23)言葉はちがった配列をすると、ちがった意味を生じ、意味はちがった配列をすると、異なった効果を生じる。
(114)多様性というものは、あらゆる声の調子、あらゆる歩きぶり、せきの仕方、はなのかみかた、くしゃみのしかた・・・・・・というふうに豊富である。人は果物の中から葡萄を見分ける。そしてあらゆる葡萄の中からマスカットを、ついでコンドリューを、ついでデザルグを、そして更にこの接ぎ木を見分ける。この接ぎ木に、かつて同じ二つの房ができたことがあろうか。そして同じ房に同じ二つの粒ができたことがあろうか。等々。 私は、同じものを、全く同じように判断することはできない『中公パックス世界の名著 29』 「パンセ」 ブレーズ・パスカル 前田陽一・由木康訳 中央公論社 1978年

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enallage転用