紹介(14) 『黄金伝説』 著:ヤコブス・デ・ウォラギネ i2

……「キリストは、天から地にご降臨になったので、頭を上にした十字架におあがりになった。しかし、わたしは、地上から天へ行くにあたいするとされたわけだから、わたしの頭は地にむき、足は天にむくようにしてもらいたい。つまり、わたしは主とおなじ恰好で十字架にかけられる値うちがないのだから、どうか十字架をさかさまに立て、頭が下になるようにしてほしい」それで、十字架をさかさにし、足を上に、手を下に向けて釘けられた。
……「主よ、わたしは、あなたにしたがい、あなたにまねぶことをのぞみましたが、頭を上にして十字架にかけられようとはのぞみませんでした。頭を上にして、高くまっすぐ立っておられるのは、あなたおひとりです。わたしたちは、頭を地に垂れていたアダムの裔です。アダムの堕罪は、人間が生まれたときの有様によくあらわれています。わたしたちは、頭を下にしてこの世に生まれおちてくるからです。こうして、わたしたちの本性は、変わり果ててしまい、この世では、黒いものが白いとおもわれるようになりました。主よ、あなたは、わたしのすべて、わたしの全部です。わたしのすべてであるあなたのほかに、わたしにはなにもありません。わたしは生き、理解し、あなたに祈れるように全霊をあげてあなたに感謝いたします」 『黄金伝説2』 ヤコブス・デ・ウォラギネ 前田敬作、今村孝訳 平凡社 2006年 391頁

 

そして、クリュニュー修道院の修道士が〈すなわち、天使的にして人間的な〉(angelicus videlicet et humanus)存在と言われたときも、これは単に偶然に選び取られた比喩以上のことを意味していた。というのも、修道士は、依然として現世において肉体を有しながらも、天上の存在者の〈天使的生〉(vita angelica)を例証すると主張されていたことを、我々は想起すべきだからである。『王の二つの身体 中世政治神学研究』 エルンスト・H・カントローヴィチ 小林公訳 平凡社 1992年 73頁

 

 id est scilicet videlicet。おそらく、則ち、乃ち、即ち、だろう。
 常に瞑想するとは贅沢である。修道院の修道士の静かな生活は、社会的な役割を持ちえた。社会学者の様な役割である。神秘家の反り返り/仰け反りは、瞑想と不可能な神との合一は、人間に行為を示さない。行為の模範はイエス・キリストとなる。判断の難しい状況では、自らに近い物を減らす判断が現れる。人は誰かを模倣しなくてはならない。

 

 The Circumlocution Office迂遠省。
 文化とは、或る土地に蓄積した行為の模倣、模倣の結果である。文化とは、限界と遠回りである。亀を追い越せないアキレス気取りが倦み、アメリカに夢を見た、とは考え得る。人間はsituation状況に従い、行為の正当性を模倣から引き出している。ギー・ドゥボール等は、状況の構築を目指した。子は父に倣うものである。父が父でないこと、母が母でないことを知り、子は戸惑う。新たな土地で、文化を欠いたアメリカ(人)が、宗主国からの解放を求めたのは疑いない。更に、飛躍し、諸国を概観し/概観出来たと思ったので、比類なき自由を要求した。

 

 「わたしの選好にcause由/factor原因はあるか」。子供の頃に何かあったのだろう。人は神の前では女である。事の始末を負われる身である。男は育ち、既に都合のよいことしか聞かない。ムハンマドは商人である。自らが好ましい物は、他人も好ましく感じなければならない、というのは滑稽である。しかし、それを叶えなければ商人として成功しない。商才とは想像力である。旅人、商人、芸術家、盗賊は自らをliberal自由人/教養人と認める。自ら、自らを認め、自らと伴に/と共に/の供として、認めるを連中を仲間/子分としていく。

 

 社会(共同体)において、物を捉えるのと、物(事)を定めるのは異なるとすることは可能である。素朴に同じとしてもよい。フランス、ピカルディの法律家の息子、ジャン・カルヴァンは1509年に誕生した。ジャン・カルヴァンの出生はceratain確かである。確かだろうか、本当に。実証しなくてはならないか。実証(を要すると)してもよい。

 

 「わたしは満足である。これだけ証拠があれば」。「わたしもまた、満足です。これだけ証拠があれば」。「我々には、これだけの証拠が必要です」、となる。「わたしは利子率が二分では満足できない」。同朋を「contradiction?」と責める必要はない。「antinomy二律背反ではないか?」と問えば十分である。二律背反が発生していれば、何らかの方法で解消しなくてはならない。

 

(a)臣民は同じ類であるから対等である、(b)下の者は上の者に従わなくてはならない。(a)(b)を二律背反と考える事は可能である。上と下とは役割であり、二律背反ではない、とすることは可能である。(b)を(b')下の役割を得ている者は、上の役割を得ている者に従わなくてはならない、と書き換えてもよい。解釈として定まっている、でもよい。

 

 BritainをGreat Britainにしたのはフランシス・ベーコンだった。ヴォルテールの撃つ弾は的をすり抜ける。ヴォルテールの欠点は自らの理解を先立て、歴史的な理解を拒むところにある。ベーコンが述べているのは、nous/intellectual(知覚)/知性という現象の性質である。確かに、自らの知覚を逐一に占有訴訟にかけるのは徒労である。フランス革命後起きたのは、ブルジョワジーの自己弁護と、証拠のaspect様相のconvertion(ーtransformation)変換である。騎士文学は終わり、ミステリー小説が華開く。ジョン・メイナード・ケインズのanimal spiritとは、animaな/のspiritusである。inspireの主語に、holyは付かない。

 

 「誰が書いたのか」「本当に著者名の通りの人物が書いたのか」「誰かかの手で改作されていないか」「文章に解釈の余地はないか」。ジャン・カルヴァンの神学は(二重)予定説が中心に据えられている、とされている/としている、誰かから/誰かが。思えば、スイス連邦の法には共和制ローマの?格がある。拡張するローマは傭兵団で銀行だったわけである。フランス貴族階級に流行したジャンセニスムにはカルヴァンの神学の影響がある、とされている/としている、誰かから/誰かが 。フランスのブレーズ・パスカルジャンセニスムを擁護した。パスカル実存主義は結び付かない。ジャンセニスムのその後の展開については述べない。

 

 物を捉える事と、物事を定める事では大いに異なる。差はgreatである。イエズス会が急速に拡大したのは確かである。問題は中世王権論と同様なので省く。願望と行為、計画と実践には隔たりがある。実践は行為の部分として現れる。国家主義と、individual個人の意識が到来しつつある時代だった。何より、ドイツ語、英語、フランス語が独自の地位を獲得しようとした時代である。生活と心情の吐露を多分に含む『パンセ』はフランス語で書かれた。もっとも、未だ言語学的な文法は現れない。雑に言えば、西ヨーロッパ、特に宮廷を舞台にcivilized文明化した貴族階級が起き、キリスト教徒の一部は(神秘や魂を介在して)praetorである。王、皇帝は貴族のより上に在る。カルヴァン神学は、イングランドに移入され、ピューリタンを生み、諸々は次第に次第に捩じれていく。

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