紹介(16) 『捜神記』 著:干宝 a2

254 天から銭を借りた夢
 周擥嘖は、貧乏ではあったが道義を愛する人であった。
 あるとき夫婦して夜まで畑仕事を続け、疲れきって横になった。すると夢の中で天帝が立ち寄り、嘖を憐れみ、恵みを与えてやるようにと部下に命じた。すると司命が閻魔帳をしらべて言うには、
「この男の運命は貧乏で、現在の生活が限度でございます。ただ張車子という者がありまして、これは銭一千万貫を運命として授かることになっています。車子はまだ生まれておりませんので、とりあえず周に貸してやることにしたいと存じます」
天帝は、
「よかろう」
と言った。
 夜が明けて目を醒ますと、周はこのこと妻に話して聞かせた。それからというもの、夫婦力を合わせて、昼も夜も稼ぎに精を出した。するとなにか仕事をすれば必ず金もうかって、やがて貯えは一千万貫に達した。
……
「ただいま車庫の軒下でこの子を生みましたところ、夢に天帝さまのお告げがございまして、車子と名づけよとのことでした」
 と言う。そこで周ははじめて悟ったのだった。
「わしが以前、天から金を借りる夢を見たとき、部下のものが張車子の金をわしに貸すようにと天帝に申し上げていたが、あれはこの子にちがいない。わしの財産はこの子のものとなるだな」
 それ以後、周の家産は日に日に減少して行き、車子は成長すると、周よりも金持ちになった。 『捜神記』 干宝 竹田晃平訳 平凡社 昭和39年 196頁

 

ルカによる福音書
(12;35)腰に帯をしめ、あかりをともしていなさい
(12;36)主人が婚宴から帰ってきて戸をたたくとき、すぐあけてあげようと待っている人のようにしなさい。
(12;37)主人が婚宴から帰ってきたとき、目を覚ましているのを見られる僕たちは、さいわいである。よく言っておく、主人が帯をしめて僕たちを食卓につかせ、進み寄って給仕をしてくれるであろう。
(12;38)主人が夜中ごろ、あるいは夜明けごろに帰ってきても、そうしているのを見られるなら、その人たちはさいわいである。
(12;39)このことを、わきまえているがよい。家の主人は、盗賊がいつごろ来るかわかっているなら、自分の家に押し入らせはしないであろう。
(12;40)あなたがたも用意していなさい。思いがけない時に人の子が来るからである」。
……
(13:22)さて、イエスは教えながら町々村々を通り過ぎ、エルサレムへと旅を続けられた。
(13:23)すると、ある人がイエスに、「主よ、救われる人は少ないのですか」と尋ねた。
(13:24)そこでイエスは人々にむかって言われた、「狭い戸口からはいるように努めなさい。事実、はいろうとしても、はいれない人が多いのだから。

 

 先ず、right右とleft左はspecific具体的ではなく、abstract抽象である。右左から始まる痴愚は、地中海世界共和制ローマで一つの、卓越した、根本的な解決が示された。ギリシアでは生活の折り合わせから来る諸々の緊張から(formalities手続きを)分離でき(/され)ない。ギリシア人はギリシア人である。

 

 近代の知識人は骨相学に正当性を見た。頭骸骨が巨大なら賢い、というのはappropriate適当でない。頭蓋骨が存在しないなら賢くない、というのはadequate妥当である。地理学的な性格分類が批判されて久しい。東方に馬鹿、西方に間抜け、南方にドジ、北方に阿呆が住んでいる。あなたとわたしは四つの全てに当て嵌まる。当たり前で当然である。我々は東へ向かい歴史を遡り、西へ向かい?を飛び越える。南方へ向かい愚鈍となり、北へ向かい賊となる。地球は丸く、ケープタウンに人は住む。北と東は具体的だろうか。「pole star北極星があるではないか」。論拠として時代を問わず妥当だっただろうか、難しい。

 

 アメリカでは、一月から三月に生まれた子供の親は、学校への入学年度を選ぶ。身体の生育に差が生まれる少年期は能力差による教育への影響がある、とする。家庭教師、徒弟制度、留学、publicとprivate、公立と私立、fair公平/市、equal衡平/同等、impartial非偏向/達観/意識不明は様々である。estimate評価が個人ー不特定な特定の人間に可能だ、という考え方が誤りである。全ての人間は王、というのは愉快ではない。 square 平等を普遍化したenvironment環境を考えるべきだろう。結局、歴史の中の東アジアの彼らは、squareの重ね合わせとしか理解しなかった。世界は結局のところ、squareに還元される、と理解された土地は悲惨である。家とは家である。定規とは定規である。何故なら、定規とはこの様な物であるからして。

 

 matronaマトゥローナ
 heroineヒロイン/女丈夫
 (独)Belgrate被告
 母なるロシアなのだろう。ローマ帝国、中国、連合王国アメリカについては怪しい。拡張しmode様態を移出する国は女性形ではなく中性である。ドイツでは、地勢からして覇権を持てない。中国の様な求心的な力を持たない。ローマ、イギリスの様に海を活用できない。Germaniaゲルマニアを描いた時点で、第三帝国は限度が知れる。ドイツが疲弊したからナチスは可能になった。ところで、行き詰まった社会と、対外的な戦争の社会の成員に情緒的な価値を与えたのではないか。大き神聖ローマ帝国で、皇帝はローマの名を用いて、並みいる領邦君主のドイツ地域を治めようとした。神聖ローマ帝国は、ドイツのimperium帝国である。騎士道と神明裁判を見ては、(独)Belgrate被告は女性に見えたに違いない。ローマには男性名詞reusが必要だった

 

 わたしはあなたをimagine/anamnesis想っているのに。
 ネーデルランド人文主義者、エラスムスはドイツ人の様な考えを起こさない。都市による本質的な同一性が失われた世界の睥睨から、『Stiltitiae Laus痴愚神礼賛』が描かれた。みな、キリスト教徒を名乗るが、どうにもならないない輩は多い。style様式(とform体裁)は、正当に「痴愚女神の演説」である。痴愚女神の子が痴愚であるのは論を待たない。また、痴愚女神も矢張り糞をしない。ローマ、ヨーロッパ法学者、皇帝と王のiustitiaと同様である。表現には、エラスムスギリシア哲学趣味が滑り込む。

 

 イングランドでも、結果としては同等に、騎士道趣味で歪んだ世界は構成されなかった。『アーサー王物語』は、始めから反として認められたマーリンを(workingー)factor原因とaxis基軸にした物語である。厄介な事に、基軸は時々にpole極となる。湖の精霊が現れる。魔法使いのマーリンがcentroid重心として表立つ事はない。むしろ、王から重さを取って棚に隠すだろう。辻に立つヘルメス・トリスメギトスと錬金術士である。祭祀、イエス・キリストのみへの条件付けとなる。private bankプライベート・バンクとは、右左はおろか、前後不覚に陥りそうな言葉である。既に酩酊しているから仕方ない。中央銀行が、私企業と表現出来る有様である。

 

 otium/scolae暇。
 volunteerボランティア/自発/意思が趣味とは、どこか「痛む頭痛」に似ている。普段は忙しいのだろう。言葉は、時代と共にconvert転換しadjunct付加をbe generated発生するから仕方ない。中国語の常なるtranslations変遷、現代の日本語との相違を楽しめない方に問題がある。感情を覚えることに問題はない。指示した/された感情(ー内心)は問題とし得る。キルケゴールの絶望である。study勉強とはstudy勉強である。study勉強とはstudy勉強だろうか。

 

 前世紀の社会学者の分析の通り、レジャー、recreationレクリエーション、スポーツは、時代の支配的な活動となり、大衆を扇動する。今更、趣味と余暇に何をするか、真に結構である。人々は、常に、認められた活動をした/しているだけである。何がnecessity必要なのか、子を生んだ親が答えられない以上、どうにもならない。基準は誠意である。賭博で苦しむよりは、サッカー、ランニングで健康に過ごしている方が嬉しい。集団スポーツが邪な企み、conspirators徒党を生む、と批判するなら、今少し標的を絞り、標的を選ぶべきに思える。読書、音楽、ボードゲーム、真に結構である。我々は昔より繊細である。世界は心を擦り減らす。偶の気晴らしなくては、人は倦んで進めない。害のない趣味を持てれば幸せである。高尚と低俗の価値ー判断、更に特定の人の選好は、交友関係や資産から形成される。芝居、演劇が余暇に行う遊びなのか、とても難しい。

 

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