マタイによる福音書(17:26)ペテロは「ほかの人たちからです」と答えると、イエスは言われた。「それでは、子は納めなくてもよいわけである。

マタイによる福音書
(17:25)ペテロは「納めておられます」と言った。そして彼が家に入ると、イエスから先に話しかけて言われた、「シモン、あなたはどう思うか。この世の王たちは税や貢をだれから取るのか。自分の子からか、それとも、ほかの人たちからか」。
(17:26)ペテロは「ほかの人たちからです」と答えると、イエスは言われた。「それでは、子は納めなくてもよいわけである。
(17:27)しかし、彼らをつまずかせないために、海に行って、つり針をたれなさい。そして最初に釣れた魚をとって、その口をあけると、銀貨一枚が見つかるであろう。それを取り出して、わたしとあなたのために納めなさい」。

 

「economy経済(ーeconomics経済学)と聞かされるところでは、大抵、わたしは不愉快になる」「経済なるものは、宗教なるものと同じく人間の妄想である」「経済はいい」「経済と聞くと、わたしは大変幸せな気分になる」は卑怯である。高貴ではない。人間が生殖し、節約する必要を覚えるのは疑えない。思想は人間の内に形成され、主体は対象を思想に従属させる。「(認識の)構造を与えている」、と表現してもよい。我々は犬ではない。犬は餌を吐き出すディスペンサーと飼い主を、必要から区別(ー分離)しない。我々は日々の糧を得るために、ディスペンサーの動きをexpect予想し、predict予測する。

 

経済は、自然に対するhuman activity人間の営為の所産である。大抵のものは「人間の営為の所産」と言えるだろう。経済は、法制度や習俗を規定する下部構造である。社会が主体に与えている構造の、より下部である。基盤である、と言える。(土地、あるいはmaterial物質を「nature自然」と表現するかは難しい。確かに、モルタル、塩化ビニルは自然から得られている。ともすれば、自然は「vacuum真空」のような概念かもしれない(隙間の神?)。)いずれにせよ、自然はsuperior優位、経済はinferior劣位と表現しうる。経済、または、自然(ときには政治)は、「これ」と指事できる。自然のないところに経済は生じない。

 

一方で、経済は、自然からextracted抽出された。思想としての経済が、自然人から抽出されたらテレパシーである。総称として経済は発生する。経済は必要により生まれる。必要ではないか、大いに。プロレタリア独裁である。経済は必要の集合と表現できるだろう。経済(に属している)主体は、「自然」を経済の部分と見做す。主体は死ぬまで「自然」に帰属しない。経済主体により、「光を与えられている自然」が得られる。自然は経済を、同時に、経済(人)は「自然」をprovide産出し続けている。自然にはempty set空集合、経済的に評価されない(/評価されていない)部分がある。「nature自然」「economy経済」は多重化し複製される。ローマは拡張し、ギリシア都市国家支配下に置く。指事できる展開された拡張は、表象されたる拡張の部分的な現れと言いうる。

 

homo economics経済(学)人。アダム・スミスは『資本論』『道徳感情論』を記した。経済学者は片方に興味を持てない。カール・マルクスは膨大な著作を記した。マルクス経済学者は、カール・マルクスに興味を持てない。翻訳:economy経済は封建制を思わせる。尺度、また分析対象としての経済は、一定の地域での財物の評価と、評価手順の自立性を普遍化し、流通量、技術などの制約を外部から統合する。「資本からの上りが」という表現は、近世、近代の意識を表す。世俗で成功している商人は、この理解を好かないだろう。自らの身体は躯体であり、思考は時間を必要とする。身体、精神、共に費用を投下しなくてはならない。商人は商業で全てを平面化しようと動く。

 

マルクスの生きた時代にCapitalism資本主義の旗を揚げる者はなかった。「マルクスプロレタリアートを軽蔑していた」、というのは誤りである。実践と理論のために、プロレタリアートを観察したのは確かである。マルクスは「proxy実践」を、人類の一般的な願望と合致する様に、マルクスの体系に組み入れる。人間は自然を管理しようと試みる。人間の支配する、支配している自然として経済は生じる。人間は営為により繁殖する。経済は制度を規定する。経済主体の願望に合致している場合、思想「itself(其)自体」は分析にかけられない。「特定の人間の内のだれが宗教上の祭祀王に成ったか」は重要ではない。歴史を一般性から記述するためである。社会が抱える集団の間に階級闘争は常に起きている。

 

近代以降に起きた特定の国家の系譜、歴史より真面である。休眠法人の利用は詐欺師の手口である(「死人に口なし」、終末論?)。ドイツ人、カール・マルクスは、当初、検閲の排除が重要だと認識した。無神論者のマルクスは、ドイツ人としての自らを認識、批判していた。唯物史観は国家が作った歴史と異なり、歴史をgenerality一般性から述べている。歴史を一般性から、マルクスが特殊的に述べるため、歴史の記述は滑らかである。総称として歴史を生む何か、target対象(ーobject客体)は一塊である。完了している歴史は自ずから形成されてゆく。当然、マルクスの「主体」は成立した(/成立している)何かに対するantithese反として現れる。

 

無神論カール・マルクスは人類の代表ではない。類の部分(分節)としての主体が経済の上にhuman beings人類を置き
(ⅰ)「経済は人間に必要である。なぜなら経済に人間は必要だからだ」
(ⅱ)経済、自然を峻別しない自然崇拝して、「経済の存在は自然である」
(ⅲ)「あなたの方法は認めない。あなたのmodelモデル/模型/模範は、わたしのモデルと同等である」
(ⅳ)「あなたの方法またはモデルが現状採用されているモデルより優れると誰が保証するのか」
(ⅴ)「現状、皆が認めているのだから」という経済学者の思想を否定できる。人類から任命されているカール・マルクスである。人類から任命されているという科学者的な聖職者根性、自らを「客観的に」見えているという確信を抱かず、カール・マルクスは分析し、批判した。共産主義者の一部は懐柔された。

 

科学史は、(マルクスには、主体に総合的に「対象」を与える機関だった)意識、社会に属する主体の限界と、更に主体の統一的理解の試みを使えない。主体が現に覚えている必要を構成できない。新奇な対象を全て外部化するのは「費用」が嵩む。また、記述には、時代錯誤に/な概念の導入が起きる。歴史記述者にとっては、自らの労働(費用)を削減する誘因に従う合理的な振る舞いとなる。

 

 

 意識の改革とは、ただ、世界をしてその意識を自覚させること、世界を自分自身についての夢から目覚めさせること、世界にたいしてそれ自身の行動を解明してやること、にある。
……
 このようにして、われわれはわれわれの雑誌の意向を一言でいいあらわすことができる。すなわち、時代が自分の闘争と欲求とについての自己了解(批判的哲学)することである。これは世界のための、またわれわれのための仕事である。この仕事はただ協力によってだけ成しうる事業である。肝要なのは、懺悔であって、それ以上のなにものでもない。人類がその罪をゆるされるには、ただその罪をあるがままに言明しさえすればよい。 『マルクスエンゲルス全集 第1巻』 「独仏年紙からの手紙」 花田圭介訳 大月書店 383頁

 

  けだし彼らは自分たちの手元に実証的資料が欠ける場合、そして神学的ナンセンスも政治論的ナンセンスも文学的ナンセンスも売り物にならない場合には、皆目どんな歴史も生じさせず、かえって「前史時代」なるものを生じさせしかもどうしてこの「前史」のナンセンスから本来の歴史へ入ってゆくのか明らかにすることがないのだからである。―もっともその反面、彼らの歴史的思弁はこの「前史」に首ったけになるのだが。というのは、彼らの思弁はここでは「なまの事実」から侵害をうけるおそれはないと信じているからであり、同時にまた、ここではその思弁的衝動を手放しにはたらかせて仮説をいくらでも作ったり覆したりすることができるからである。24頁 
  共産主義はわれわれにとっては、つくりだされるべきなんらかの状態、現実が則るべき(であるような)なんらかの理想ではない。われわれが共産主義とよぶところのものは現在の状態を廃止する現実的運動のことである。31頁
 共産主義は一つのきわめて実践的な運動であり、実践的目的を実践的手段で追及するものであって、せいぜいドイツにおいて、ドイツ哲学者を向こうにまわして、ちょっとのあいだ「本質」にかかわりあうことができるだけだということ、こうしたことはもちろん、わが聖者にはすこしもかかわりがないのである。211頁
 彼らは共産主義的な体系や批判や論争書を現実の運動から―前者は後者のたんなる表現であるのに―取りはずし、ついで、それらをドイツ哲学との勝手気ままな連関のなかへ持ちこむ。彼らは歴史的に制約された一定の生活領域の意識をこの生活領域から切り離し、それを真の、絶対的な、すなわちドイツ的=哲学的な意識で測る。彼らはまったく首尾一貫してこれらの特定の個人たちの状態を「人間なるもの」の状態に変えるのであり、これらの特定の個人たちが自分たちの自身の状態についてもっている思想を、これは「人間なるもの」についての思想だと解するのである。494頁
マルクスエンゲルス全集3 真下信一訳 大月書店 1963年

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