マタイによる福音書 (12:35)善人はよい倉から良い物を取り出し、悪人は悪い倉から悪い物を取り出す。

マタイによる福音書
(3:10)斧がすでに木の根もとに置かれている。だから、良い実を結ばない木はことごとく切られて、火の中に投げ込まれるのだ。
(12:35)善人はよい倉から良い物を取り出し、悪人は悪い倉から悪い物を取り出す。

 

こうした責め苦に押しひしがれ、わたしの心に残っていたわずかな善心も崩れ去ってしまった。邪悪な考えが――世にも暗く凶悪な考えが、わたしの唯一の心の伴侶となった。日ごろの気むずかしさはつのり、あらゆるものへの、あらゆる人間への憎悪に変わった。そして今や盲目的に身を委ねるようになった突発的な、頻発する抑えようもないわたしの激怒の発作に誰よりもしばしば悩み、誰よりも忍耐強く堪えてくれた被害者は、ああ、わたしの不平一つこぼさぬ妻だった。『ポオ小説全集4』「黒猫」 E・A・ポオ 河野一郎訳 東京創元社 2004年 69頁

 

大航海時代のスペイン、カトリック教徒とプロテスタントとの争いの中、世界初の株式会社と呼びうる、オランダ東インド会社が発足した。ユダヤ人、プロテスタントカトリックは入り混じり、都市アムステルダムの人口、経済規模の拡張は加速する。彼らは、既に融解し不定に見えるヨーロッパの都市に暮らしている。地盤は融解しつつある。カール五世、フェリペ二世は駆けずり回される。アメリカ大陸から大量の銀が流入する。バンカロータは繰り返される。

 

終末は直ぐに来る。国家の幻想が信仰と絡み合う。株式会社とは、剰余分配の周期設定の任意性、任意な剰余分配の周期設定である。「国家足る」「団体足る」として「名」を打ち上げ、tempus時制を個別として任意化する。責任の有限性はアレンジメントである( * perpetual motion machine永久機関)。回転率を高めつつ、出来れば売り逃げたい。ともすれば爆発する( * 'by faith alone')。

 

王権は血筋の神秘と結びつき、素朴な讃辞としてのコスモスと混ざりつつ、プラトン主義的な超絶と宇宙のコスモスが流用される。「ぼくらはtranscendental超絶的なものだからなぁ」が、一般化する( * 近親婚)( * 'enclosure')( * 所有権絶対)。ミクロコスモス、マクロコスモスの合致が目指される。

 

確固な財産の帰属から、余剰と階層から成り立つ社会を、変らせない「名」で支持したい、succession継承が優位に働いていてこそ、長子相続が採用される。武家社会に合致する。父権制は、根本的に有閑階級、余剰を蓄積し社会として保証し合いたい場合に生じる。土地の価格は中々算定されない。算定しては、流動化する。象徴の穀物の前提にした穀収の見積もりと、地価の算定の混同は愚かである( * 都市住宅と'real estate'「不動産」)。

 

蓄積(総称)は、総有に近い、総称であるから。都市、領域の擬人化の因である。( * イオニアのへロストラトス)。「皆の財産」、共有らしきnotionは、一次生産が主な社会で機能する( * (羅)informo教授する、指導する)( * (独)Speicher記憶、穀倉、屋根裏)( * (羅)experitus熟達)。

 

素朴な共有(らしきもの)は、分業と対外取引の拡大で淘汰される。基礎的消費財の依存、穀物の取引で消えゆく。倫理、道徳観として、集団の財産に効率(らしきもの)を要求する思考として残る( * 'tri-')。「効率」が定まれば、専横な権力の発生となる。自然法(理論)は、政治的になり得るが、基本的に、政治でとりあげて争うところではない( * 内政と軍事、実効支配)。

 

家内労働の分離・再編成としての小売を含めて、商業は循環する農作業より、riskyである。遠征事業は、よりリスキーである。「安全保障」は、際限なく有形または無形の投下を強いる。一分子の振る舞いから、敵は母体に報復する( * 東インド会社)。敵は、部分から漠然とした全体を引き出す。事業の成功により、一分子ないし階級が富を増した。riskは全体がとらされた。領域は荒れてゆく( * 解放奴隷)( * 傷痍軍人)。

 

倫理道徳からすれば、正規な手続きとしてcompleteしていたとしても、利益を全体に、末端へと直接に普衍するように還流させなければならない、かもしれない、( * 「敷衍」)。奴隷ではないのに、内部に外界が生まれている。developmentは、内部を競争で完全に疎外した場合に用いられる。

 

内部に任意に動き、加えて膠着し易い異界が生まれている。市民権は与えられている。市民として対等でも、一方の所有する余剰の消尽を見させられつつ、「効率(らしきもの)の観点からして……」が行われる状況が起こる。「公正(の原理)」が疑われる。しかし、basisは既に設備で埋められている( * 'Adam')。

 

一事業主体を越えて、「還流」の弁を独占しようとする主体、僭主、元首が現れる。復古的な言説が採用される。distribution/redistributionに立脚しようとしている。「再」か否かが曖昧糢糊としている( * 神授王権説)。正しいとは「このような様」かもしれない。皇帝の属性と性質は混交して(対峙)表示され、ともすれば、二重の存在となる。

 

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