紹介(25) 『クルミ割り人形とネズミの王様』 E・T・A・ホフマン 

すると王様は脂身を食べてしまったマウンゼリングス夫人とその眷属に復讐することを決意して、枢密顧問官が呼ばれ、夫人を裁判にかけ、その全財産を没収することにしました。『ドイツ・ロマン派全集 第三巻』 「クルミ割り人形とネズミの王様」 E・T・A・ホフマン 前川道助訳 株式会社国書刊行会 1983年 277頁

 

(387)〔真の証明が存在するということはありうる。だが、それは確実ではない。 だから、これは、すべて不確実ではないということを示すものにほかならない。 懐疑論の栄光のために〕『中公パックス世界の名著 29』 「パンセ」 ブレーズ・パスカル 前田陽一、由木康訳 中央公論社 1978年

 

ヨハネによる福音書
(14:1)あなたがたは、心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。
(14:2)わたしの父の家には、すまいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。
(14:3)そして、行って、場所の用意ができたならば、またきて、あなたがたをわたしのところに迎えよう。わたしのおる所にあなたがたもおらせるためである。
(14:4)わたしがどこへ行くのか、その道はあなたがたにわかっている」。
(14:5)トマスはイエスに言った、「主よ、どこへおいでになるのか。わたしにはわかりません。どうしてその道がわかるでしょう」。
(14:6)イエスは彼に言われた、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。
(14:7)もしあなたがたがわたしを知っていたならば、わたしの父をも知ったであろう。しかし、今は父を知っており、またすでに父を見たのである」。

 

具象に対応させられている名詞は自明となり、adjunctivization形容詞化する。ルネ・デカルトは「methodical doubt方法的懐疑」とした。「methodlogical方法論的」なら、食いすぎと消化不良だった。真っ当な人間なら、自らこそが疑わしいと考えた( * 「方便」)。self-confidenceに成り立つ腸詰入りの肉団子が増殖する( * 'bon sens')。

 

ある人の幸運は、ある人の不運である。人文主義者の生活は幸運であり、農夫よりは幸運である。「わたしは断じて貴族ではない」。聖職、騎士貴族、農村と都市の図式と結びつかない。努力は(賜った)幸運なconditions境遇を正当化しうる、と感じられる。出版業者はエラスムスが嫌いなために、エラスムスの著作を改作して出版することはない。「出版者の改変を止め、読み手の曲解を防ぐためにはどう動くべきか?」活版印刷が普及し、書籍発行業は盛況になり、「自然科学的著作」が移り変わる。

  

社会階層の上下、地縁を排除した広域の縁組は稀である。上流階級は、広域の縁組を視野に入れられる( * success story、「玉の輿」)。妾と庶子は、目に見えない階級の絆、紐帯の裁断となるから嫌われる。母親:妾は階級の足場となるcultureを記憶に持たず、息子に属性として付与できない。庶子は属する階級に本源的に存在している緊張を、(特権的に)無視する危険がある( * 修道院、仏教寺院)( * カール五世)。一意に父親の意向を反映して動きやすい、とも言いうる( * 無主物先占、養子縁組)。

 

中国はとてもbigなため、次第に大血縁集団:「姓」と小血縁集団:「氏」の区別は消える。姓と血縁関係は大いに広がり、(男性の)先祖の業績、同姓と血縁は評価されるが、希釈化する。出身地の表示は大前提となる。領域外との関わりが希薄なら、個別の「名」と「顔」の一致で済む( * 'Meiji Revolution'、「苗」「禾」「私」)。

 

戦場においての騎士の「名」乗り上げはrationalである。互いに名乗り上げて争えば、首級は盗まれない( * 'clean hands')。万が一、証拠となる首級を紛失していても、証人がいないという事態を予防できる。しかしそもそも、切断した首から上のみで、敵を特定できるか、「名」と死体を一致させられるか、は怪しい( * fiction:「デュラハン」(渡河不可能な首のない騎士))( * 細密画、肖像画)。死体は傷む。捕虜は傷まない。

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